名古屋の葬儀担当者の触れた何某7

西田葬儀社の浅井です。

尺度、皆さんはお持ちでしょうか?

価値観、と言ってもいいでしょう。基準と言ってもいいでしょう。
そして、その度合いによって人は評価し、自分は評価されるのでしょう。

企業では営業成績を問い問われ、学校では試験の点数をつける教師とつけられる生徒
管理社会とも、競争社会とも聞きます。

他人の目なんて気にしない!自分の道を行くんだ!というセリフはこういう
ときに使ってはいけません。

集団生活を営み、企業に属し、要求し、要求される以上、周りの評価は得なければ
いけません。人には事情がありますから、必ずしも、と強制はしないのですが。

では、どんな時にあてはまるかを考えました。
きっと、それは自分にとっての大事なもの。長い目でみて、よく考えたもの
ではないかなと思います。

最低な人生だ、と人は絶望したときに漏らします。
しかし、その最低の尺度は、基準は、ものさしはどこからきたのでしょうか。
きっと、周りの影響や習慣や、今までの経験、そして他人の中の自分からではないでしょうか?

尺度や基準、価値観なんていうものは人それぞれで、最低だと評価したのもはたして
自分なんでしょうか。
例えば、馬鹿にする他人も、落胆する自分さえも周りの影響でできたものならば、
他人に、自分の人生を評価させてはいけないと思いませんか?

「自分の人生は自分のものだから、ものさしの違う他人には絶対量れねぇ。
 自分だけで一人で量って自分だけで正直に判断するんだ。
 嘘はなしだぜ。
 よかったか。
 ぶっちゃけ悪かったか。心で答えろ」

藤田和日郎さんという漫画家さんが好きです。
「うしおととら」とか有名なんですが、、
その人の漫画、「月光条例」より 
最低な人生だと嘆く少年に、偉そうにいうならこんな言葉だろうなと感激したのを
覚えています。

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