愛情表現の継承   ~葬儀社社員日記~

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[カテゴリー:スタッフ日記 ] | 2018年05月06日

皆様こんにちは。西田葬儀社の蜷川です。

 

先日祖母が骨折したというので、お見舞いに行ってきました。

 

そのときに、何か手土産を買って行こうと思ったら、ついつい買い過ぎてしまいました。

 

ばあちゃんはそういえばプリンが好きだったかなとか、

 

美味しそうなケーキ屋さんがあればケーキを買ったり

 

昔とあるドーナッツ屋さんの商品を食べて感動してたなんてエピソードを思い出せば、それを買ったり

 

あと骨折だからカルシウムを取らなければ…と思えば、いろんな味のヨーグルトを大量に買いました。

 

気づいてみたら、正直こんなに食べれないだろうなというくらいの量になってしまいました。

 

多すぎるので、これ全部あげるのかどうしようか迷いましたが、結局全部プレゼントしました。

 

 

 

 

人に物をあげるとき、僕はいつもこんな調子になってしまうのです。

 

ほどほどにしておけばいいのですが、言ってしまえば無駄に多く買ってしまいます。

 

なんでいつも僕はこうなってしまうんだろうと困っていると、そういえば思い当たる節がありました。

 

僕のこの性格は、曾祖母、すなわちひいばあちゃんから来ていることを自覚しています。

 

 

 

僕が6歳くらいの頃、曾祖母の家に遊びに行くと

 

曾祖母はすごく喜んで、晩御飯はお寿司の出前を取らせるように言って聞きませんでした。

 

その熱意に根負けして、家族はいつも出前を取らせました。

 

正直小さい頃の僕は、お寿司は全然食べられませんでした。

 

子供の舌からすると、当時美味しいと思ったのはたまごとかっぱ巻きくらいです。

 

今となってはもちろんお寿司は大好きですが、

 

小さい時は、お菓子とかポテトとかハンバーグとかの方が遥かに魅力的だったと思います。

 

全然食べれないけれど、机に並んだ豪華な大量のお寿司を見ると圧倒されました。

 

曾祖母は僕が驚いているのを見ると、いつもとても満足そうに、静かにほほえんでいました。

 

 

 

 

曾祖母は特に、食べ物のない時代を生き抜いた人ですから

 

「お腹いっぱい食べることができる」ことが、何よりの幸せと捉えていたと思います。

 

例えばスイカを食べるときは、赤いところを食べきったら、皮の白い部分のギリギリまで

 

いつも綺麗に美味しそうに食べていました。

 

食べられることを誰よりも喜んでいた曾祖母は

 

僕や弟にはいつも、たくさん食べさせてくれました。

 

 

 

 

 

人にプレゼントするときにたくさん買いすぎてちょっと後悔しているとき、

 

僕はあの圧巻のお寿司の光景がいつも目に浮かびます。

 

そしてあのときの曾祖母の笑顔も。

 

そのときは、ああ、僕はやっぱりあの方の曾孫なんだなとしみじみと感じます。

 

 

今回大量の食べ物をもらったばあちゃんも、

 

自分の母親の特性を、孫の中に垣間見て

 

曾祖母を思い出したのかもしれません。


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